なぜ銭湯には富士山の絵が多いの?『チコちゃんに叱られる!』

2019/12/13放送の『チコちゃんに叱られる!』
黒木華さん、石黒賢さんをゲストに迎えています。

チコちゃん「なぜ銭湯には富士山の絵が多いの?」

最初に銭湯に絵を描いた人が静岡県民だったから

詳しく教えてくださるのは、庶民文化研究家として長く銭湯の研究をしてきた町田忍さんです。

銭湯に絵を描いたのは子供たちのため

銭湯に初めて大きな絵が描かれたのは東京都千代田区の神田にあった「キカイ湯」です。
今は廃業されてもうありません。

1912年に「キカイ湯」経営者の東由松さんという人が「子どもたちに喜んで湯船に入ってほしい」と願って浴室の板壁に絵を描くことを発案したのです。
当時の銭湯の床や壁は板張りで質素であり、殺風景で地味なものでした。

そこで白羽の矢が立ったのが当時「キカイ湯」経営者の知り合いだった川越広四郎という画家さんでした。
油絵の画家として活動していた川越広四郎さんが依頼を受けて銭湯に初めて富士山の絵を描きました。

銭湯の富士山は絵師の故郷だった

では、なぜ富士山を書いたのでしょうか?
それは川越広四郎の出身が富士山が見える静岡県の掛川市だったのです。

生まれ育った故郷の富士山の絵を描いたわけです。
相当思い入れがあったのだと思います。

こうして殺風景だった銭湯の風呂は川越さんの富士山の絵のおかげで華やかになりました。
「キカイ湯」は大繁盛となり、他の銭湯もこぞって富士山の絵を描くようになったのです。

銭湯の富士山はどのように描かれる?

そんな銭湯の富士山はどのようにして描かれているのでしょうか?
全国に数名しかいない先頭絵師の1人、中島さんにに見せていただきました。

銭湯に描かれている富士山の絵を描き変えるというお仕事です。

すると上からいきなり絵の上に線を書く中島さん。
下塗りをしている時間がないといいます。
銭湯の絵は銭湯の営業前の時間などに書くことも多く、時間が限られているため、前の絵を消さずに上から描くのが当たり前なのです。

銭湯の絵に使うペンキは赤・青・黄色・白のたったの4食です。
その4色を組み合わせて色の濃淡をつけて立体感のある富士山を描いていくのです。

こうして5時間ほどで見事な富士山の絵を書き上げました。

多種多様な銭湯の絵

子供たちを楽しませたいという思いから誕生した銭湯の絵が今では様々な姿に変貌しました。

ある銭湯にはテーマパークのような、街の上に宇宙が広がる壮大な絵には「子供たちを楽しませたい」という思いが受け継がれています。

さらに大阪では大阪城がタイルで描かれています。
そしてなぜかミロのヴィーナス像が置かれています。
大阪とギリシャの空間が混じる不思議な銭湯です。

あとがき

最初の絵師さんが故郷が富士山が見える場所で本当に良かったと心から思っています。
富士山は皆が知っている日本一の山なので見せられたのだと思います。

それが浅間山だったり恐山だったりしたら地元しかわかりませんよね。
もしかしたら銭湯の絵が富士山に統一されず、ご当地銭湯絵として違った意味で銭湯の絵を楽しむ文化が生まれたかもしれませんね。

フォローお願いします