なぜラーメンといえばグルグル巻き模様のどんぶりなの?『チコちゃんに叱られる』

2020/7/17放送『チコちゃんに叱られる』
夏木マリさん、小林よしひささんをゲストに迎えています。


チコちゃん「なぜラーメンといえばグルグル巻き模様のどんぶりなの?」

九谷焼屋さんが作ったから

教えてくださるのは、かっぱ橋 道具街で111年の歴史を持つ陶磁器専門店の4代目社長 本 健太郎さんです。

九谷焼は江戸時代から続く磁器

ラーメンどんぶりにぐるぐるした模様が入ったのは九谷焼を参考にして作ったからです。

九谷焼は石川県の九谷村(現在は九谷町)を発祥とする磁器のことです。
鮮やかな色彩と細かく美しい絵付けが特徴です。

九谷焼の歴史は江戸時代初期から始まり、明治期のウィーン万博がきっかけで世界中で大人気になりました。
明治6年に開催したウィーン万博は開国直後の日本が初めて公式参加した万博です。

上質な物産を世界にアピールしようと九谷焼を出品したところ色鮮やかな絵付けが大ヒットし、海外からの注文が殺到しました。

当店の初代店主 本 清太郎が九谷焼は海外だけではなく絶対に東京で売れると思って東京に出てきたのです。

売れない九谷焼を諦めてラーメンのどんぶりを売り始めた

明治42年、九谷焼は生活の器というよりも装飾品として扱われていました。
当時の庶民が買うには高価すぎるということで需要も少なく、おそらく販売に苦戦していたのではないかと思います。

かっぱ橋から程近い浅草の街は当時から一大観光スポットで多くの劇場や飲食店が立ち並び人々で賑わっていました。
当時はまだ日本ではなじみがなかった中華そば(後のラーメン)ですが、明治43年に開業した浅草の中国料理店が中華そばの販売を始めたところ、これが大変美味しいと浅草では評判になっていました。

中華そばの流行を確信した清太郎は九谷焼を諦めてどんぶりを売ることを決意したのです。
やがて中華そば、今でいうラーメンは大人気となり、浅草の街でもラーメンを扱うお店が増えていきました。

すると、それらのお店からラーメンどんぶりの注文が殺到しました。
いつしか清太郎の店はどんぶりの店として有名になっていました。

中国っぽいどんぶりとして雷紋を取り入れた

ある日 もっと中国っぽいどんぶりにならないかと相談がきました。
そこで清太郎は雷紋という九谷焼では馴染み深い模様に注目しました。

雷紋は中国の伝統的な模様で建築物や磁器などに古くから描かれていました。
日本に持ち込まれた中国の磁器から九谷焼の職人たちは雷紋を取り入れ、以降 九谷焼でもおなじみの柄となったのです。

清太郎は中華そばのどんぶりに雷紋を入れたら中国っぽくなるんじゃないかと考えました。
雷紋を入れたどんぶりをラーメン店に売り込んだところ「中国らしい雰囲気が出る」と大好評ででした。

その後、屋台ブームとともに雷紋入りのラーメンのどんぶりも瞬く間に全国に広がり、いつしかラーメンのどんぶりといえば ぐるぐる模様 というイメージが定着したのです。

あとがき

九谷焼の存在を初めて知りました。
雷紋が入ったラーメンどんぶりは中国から伝わったものだと思っていました。

ということは、日本でなじみ深い雷紋入りどんぶりが中国にはないってことでしょうか???
すごく不思議な感じがします。

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