にらめっこって何?『チコちゃんに叱られる』

2020/9/4放送『チコちゃんに叱られる』
藤田ニコルさん、伊沢拓司さんをゲストに迎えています。

チコちゃん「にらめっこって何?」

戦に勝つための訓練

詳しく教えてくださるのは、日本文学を研究している関西大学の藤田真一 名誉教授です。

にらめっこは平安時代に始まった

にらめっこというのは平安時代の終わりごろに始まったとされています。
ただ、その頃はにらめっこではなく「目競」といっていたようです。

元祖にらめっこマスターといっても過言ではないのが平清盛です。
先生が知る記録の中で日本史上最も古くにらめっこをしたというのがあの平清盛だったというのです。

当時の平家の繁栄を描いた『平家物語』の一部を後にわかりやすく絵にした書物を見てみると「目競」と書いてあります。
これは平清盛が骸骨を睨みつけて目力で退治したという話です。

目競というのは武士同士の真剣勝負で、目をそらすことによって負け、それが「睨みつける」ということになってそれが「にらみっこ」「にらめっこ」という言い方になったと思われます。

にらめっこは相手を正面から睨み付けるための訓練だった

そもそもなぜ武士は目競を行うようになったのでしょうか?

日本人はもともとシャイな性格を持っています。
人と人が正面切って対面するということは苦手だったというふうにも考えられています。

しかし、戦では目を逸らすということはその段階で負けを意味することになります。
「にらめっこ」は元々は武士が相手を真正面から睨み付けて打ち勝つための訓練だったと思われます。

鎌倉時代に笑ったら負けルールに変わった

いつころから現在のように笑った方が負けというルールに変わっていったのでしょうか?

鎌倉時代になりますと睨み合うという要素を残しつつ、相手を笑わせるという遊びが入ってきます。

教科書にも載っているウサギやカエルが人のように遊ぶ様子を描いた国宝『超獣人物戯画』には目競しているシーンが描かれています。
向き合う2人は睨み合わずにとぼけた顔をして周りの人は大爆笑しています。

平和になって遊びの要素が加わった

なぜ武士の訓練だった目競が遊びとして行われるようになったのでしょうか?

鎌倉時代になるとそれまでの源平の合戦の時代から平和な時代に移っていきます。
そうすると人間の気持ちも和らいで遊びというゆとりができてきました。

江戸時代にわらべうたが誕生して子供の遊びになった

そして江戸時代になると、にらめっこの歌の元となった童歌が誕生し、この歌の影響もあって にらめっこは子供の遊びという印象が強くなっていきました。

ちなみになぜ にらめっこの相手がだるまなのかというと、だるまというのは元は達磨大師という大変偉いお坊さんでした。

9年間一言も喋らずに座禅を組み続けた禅宗の祖です。もちろん笑うことなどしません。
絶対に笑わない達磨大師を笑わせることができたら戦に勝ったと同じことになります。

あとがき

にらめっこが元々武士の戦に勝つための訓練だったなんて信じられません。
平和な時代になってよかったなぁ!

歌舞伎の見栄を切るも似たようなものでしょうか。
以前のチコちゃんで紹介された気がしますが、全然覚えていません。

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