なぜお弁当にタコウインナーが入っているの?『チコちゃんに叱られる』

2020/9/18放送『チコちゃんに叱られる』
萩野目洋子さん、道端淳平さんをゲストに迎えています。

チコちゃん「なぜお弁当にタコウインナーが入っているの?」

王家の次男が少食だったから

詳しく教えてくださるのは、NHK『今日の料理』にも講師として出演したことがある料理人の 尚 承 さんです。

「タコウインナーを生み出したのは私の母親です。
子供の頃食が細かったので自分のためにタコウインナーを作ってくれたのです。」

子供に食べさせるためにタコウインナーを生み出した

明治12年の廃藩置県により琉球王国は沖縄県になり、琉球王国 最後の国王である 尚 泰 は故郷を離れて東京に移り住むことになります。
そんな最後の国王の孫にあたるのが 尚 明 です。

後の日本住宅公団の副総裁で台所と食事スペースが一体となった日本独自の間取り「ダイニングキッチン」を発明した人物です。

明は昭和15年 運命の人 宮城 道子に出会い、結婚します。
穏やかな性格で料理が大好きなこの女性こそ、後のタコのウインナーの生み親です。

その後 昭和20年に長男 卓 が、昭和28年には次男 承 が誕生しました。
かつて王家だった一家は2人の男の子に恵まれました。

幸せいっぱいだった尚家。
しかし幼稚園に通うようになった次男 承 にはある問題がありました。

 承 は食べるのは嫌な子供でした。
すごく食が細かったのです。

「どうすれば楽しく食べられるのか…?」
道子が 承 の幼稚園のお弁当にいつも頭を悩ませていました。

 承 の唯一のお気に入りは卵ときゅうりのサンドイッチでした。
そのおかずにウインナーを入れてくれたのです。

当時はウインナーといえば赤いウインナーが主流でした。
ところが、今のウインナーと違って当時のウインナーは皮が硬くてツルツルしていてお箸でつかみにくかったです。

悩んだ道子ははある日思い切った行動に出ます。
ウインナーの半分だけに切れ目を入れてみたのです。

すると、切れ目を入れて焼いたら勝手に開いて結果的にタコの形になったのです。

料理記者がタコウインナーを全国に広めた

今ではすっかり定番となったタコウインナー。
全国へと広がっていったその陰にはある人物の歴史が隠されていました。
道子の妹 朝子です。

料理記者の道を進んだ朝子は昭和43年には料理雑誌の編集長に就任します。
さらにテレビ番組『料理の鉄人』の審査員としても活躍します。
「おいしゅうございます」でおなじみの岸 朝子は日本中に知られる存在になりました。

朝子が「タコウインナーは私の姉の尚道子が生み出したもの」といろいろメディアとして伝えたそうです。
朝子が幅広く活動する中でタコウインナーは日本中に広まり、お弁当の定番になっていったといわれています。

道子は東京都の料理コンクールに見事優勝した

一方、料理が大好きだった道子は東京都の料理コンクールに出場し、見事優勝します。

すると、雑誌やテレビから声がかかり、主婦業の傍らアイディア料理をメディアで披露するようになります。
NHK『今日の料理』では家庭料理の講師を番組開始から長年にわたり務めました。

尚 道子さんは平成14年 82歳で亡くなります。
美味しい料理を愛し、人に喜んでもらうことを愛し続けたり人生でした。

亡くなった後も道子さんの心は受け継がれていきます。

子供たちを喜ばせたタコのウインナーは両側に切れ目を入れたカニのウインナーへと発展します。
そして今、日本中のお母さんを張り切らせたり苦しませたりしているキャラ弁へと脈々と繋がっています。

全ては子供を思う「母の心」。
あの日のタコのウインナーから始まったのです。

あとがき

王家とタコウインナー、全く関係ないじゃないですか。
子を思う母がタコウインナーを生み出したというお話でした。
それがたまたま王家の子孫だったから取り上げたという感じですね。

そんなことよりも琉球国王の子孫が一般人として生きているらしいことに驚きました。
琉球国すなわち沖縄県の歴史に俄然興味が湧いてきました。

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