門松の竹が斜めにカットされてるのはなぜ?『チコちゃんに叱られる』

2021/1/9放送『チコちゃんに叱られる』
中村勘九郎さんと山之内すずさんをゲストに迎えています。

チコちゃん「門松の竹が斜めにカットされてるのはなぜ?」

徳川家康の八つ当たり by  要筐辨志

詳しく教えてくださるのは、日本の正月行事に詳しい和文化研究家 三浦康子さんです。

門松はもともと松だけだった

江戸時代に書かれた『要筐辨志』には、戦国時代に徳川家康が負け戦で味わった思いを門松にぶつけたと書かれています。
前後関係からすると これは家康が八つ当たりしたと読み取れます。

もともと門松の形はその名の通り松だけでした。
それに縁起物として竹が添えられるようになり、竹を真横に切った門松が誕生しました。

これは「ずん胴」と呼ばれ、今でも銀行や百貨店などで使われていますが、現在ではこの斜め切りの「そぎ」が一般的になっています。
つまり もともとは今のように斜めに切られている門松はなかったといわれています。

斜め切り竹の門松誕生

三方ヶ原の戦いで武田信玄に敗れた徳川家康

今から400年以上前 元亀3年12月22日に「甲斐の虎」こと武田信玄と織田信長・徳川家康連合による戦国史に残る一戦が幕を開けました。
これが後世に語り継がれる「三方ヶ原の戦い」です。

武田軍に追いやられた家康は浜松城へと逃げますが、恐怖のあまり失禁したという逸話があります。
教科書でも目にする家康の肖像画は、そんな屈辱を忘れまいと家康が書かせたと伝えられています。

お正月に武田信玄より文が届けられる

三方ヶ原の戦いで武田信玄に完膚なきまで叩きのめされた家康はその翌年の正月に武田信玄より文が届けられました。

松かれて 竹たぐいなき あしたかな

「松」は家康の元の名字である「松平」を表し、「竹」は「武田」を表します。
「松は枯れて竹は類ないほどに栄える未来が待っている」
つまり「徳川が滅んで武田が繁栄する良き年の始まりだな」と読み取れます。

この文を家康の家臣が「松かれで 竹だくびなき あしたかな」と4文字だけ変えて読み直したのです。
「徳川は滅びず武田信玄の首がとぶ なんともめでたい年の始まりだ」という意味です。

門松の竹を武田にみたてて叩き切った

『要筐辨志』のエピソードは武田に対する悔しい気持ちを門松にぶつけたと読み取れます。
いわば家康側の八つ当たりで「ずん胴」だった門松の竹が斜めに切られたようなものです。

これが史実だとすれば徳川家やその家臣たちが門松の竹を斜めに切るするようになり、関東を中心に斜め切りが広がって次第に主流となっていったと考えられます。

門松が斜めにカットされた由来は他にもあるようですが、なぜ?と思って調べてみるとこういうお話が出てくるので面白いですよね。

あとがき

門松がもともと松だけだったなんて。
親戚の家の玄関に松の枝が添えられていて「なんだろう?」と子供心に思っていましたが、あれも立派な門松でした。

それに竹が添えられて徳川家の腹いせに斜め切りされて今の門松になったというわけです。
斜めに切られた竹の方が絶対に見栄えが良いですよね。

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