なぜ綺麗な夜景を「100万ドルの夜景」というの?『チコちゃんに叱られる』

2020/9/4放送『チコちゃんに叱られる』
藤田ニコルさん、伊沢拓司さんをゲストに迎えています。

チコちゃん「なぜ綺麗な夜景を『100万ドルの夜景』というの?」

六甲山から見える夜景のひと月の電気代が本当に100万ドルだったから

詳しく教えてくださるのは、日本全国の夜景を知り尽くした夜景評論家の丸々もとおさんです。

海外の影響を受けて「100万ドルの夜景」と言っただけ

「100万ドルの夜景」という言葉が日本で生まれたのは実は今から約70年前の1953年といわれています。

1953年はNHKがテレビ放送を開始し、1950年代後半には日本は目覚ましい経済成長を遂げていました。
このときには一般家庭に電灯が普及していました。

そしておそらく日本で最初に100万ドルの夜景といわれた場所は兵庫県の六甲山にある展望スポットから見た夜景です。
当時の映像には「六甲の山から眺めた夜の神戸は100万ドルの夜景といわれるだけあって美しい輝きです。」と確かに100万ドルの夜景と紹介しています。

そして当時 海外では綺麗で価値のあるものを「100万ドルの○○」と表現する文化があり、その影響を受けて「100万ドルの夜景」と表現する人々が現れ始めたのです。
最初は一辺倒の言い方に当てはめただけに過ぎませんでした。

月の電気代を計算したら本当に100万ドルだった

当時の関西電力の副社長 中村かなえさんが六甲山から見える夜景のひと月の電気代を実際に計算しました。
おそらく副社長は六甲山から見える街の明かりの契約リストから電灯の数を割り出して計算したのだと思います。

当時 六甲山から見える夜景のひと月の電気代が偶然100万ドルに近かったので六甲山からの夜景が紛れもなく100万ドルだったと証明されました。

その後 日本は高度経済成長期を迎え国内日本が盛んになりました。
このとき六甲山に観光客を集めようと大きな旅行会社が自信を持って「100万ドルの夜景」とキャッチコピーをつけ、神戸に大勢の人が訪れるようになりました。

これを知った他の観光地でも「100万ドルの夜景」というキャッチコピーが使われるようになり、香川県高松市、福島県福島市、静岡県熱海市など日本全国に広まっていきました。

いまは「1000万ドルの夜景」が一般的

現在「100万ドルの夜景」という言葉は旅行協会ではそんなに使われていません。
あまりにもどこでも使われるようになってしまったため、その価値がなくなってしまったので今「1000万ドルの夜景」という言葉が一般的です。

2018年日本新三大夜景

日本三大夜景といえば、北海道函館市の夜景と兵庫県神戸市の夜景、そして長崎県長崎市の夜景といわれていますが、2018年日本新三大夜景というものが発表されました。

全国の夜景スポットの中から夜景鑑賞士の投票によって順位を決めたものです。

第3位 福岡県北九州市の夜景

北九州市の夜景は海 平地そして山というものが非常に近接している地形的特徴があるので夜景の見える場所が豊富です。

第2位 北海道札幌市の夜景

北海道札幌市の夜景は北海道ならではの澄み切った空気の中で楽しめる大パノラマで圧巻です。

また、「さっぽろホワイトイルミネーション」や「さっぽろ雪まつり」などイベントも豊富なのでこちらもランクインを果たした。

第1位 長崎県長崎市

長崎県長崎市の夜景は長崎港を取り込む すり鉢状の地形が特徴的です。

普通であれば下に面で広がっているものですが、長崎の夜景はすり鉢状なので向こう側が立ち上がっています。

元祖100万ドルの夜景の神戸は4位

ちなみに元祖100万ドルの夜景の神戸は惜しくも4位になってしまいましたが、今でも美しく輝き続け、多くの観光客の心を魅了しています。

あとがき

お恥ずかしながら100万ドルの夜景は香港しか知りませんでした。
国内にも100万ドルの夜景があったのですね。今は1000万ドルの夜景と言われているとか。

当時計算したら電気代が本当に100万ドルだったということでしたが、当時のレートでたまたま100万ドルに近かったというわけで、今は違うということですね
当時1ドル360円だったらしいので、そう考えると今の夜景の価値はとても低くなっちゃいます笑

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