ビニール傘ってなに?『チコちゃんに叱られる』

2020/11/20放送『チコちゃんに叱られる』
奥田民生さんと莉子さんをゲストに迎えています。

チコちゃん「ビニール傘ってなに?」

もともと傘用のカバー

詳しく教えてくださるのは、創業300年の歴史を持つビニール傘メーカーの10代目社長 須藤さんです。

※ビニール傘の発症については諸説あり

最初は傘カバーを開発した

ビニール傘は日本が発祥とされ、ビニール傘は9代目の須藤社長が傘用のカバーとして作ったものです。

9代目は戦争のときにシベリアに抑留になってしまい、日本に帰ってきたのが終戦から4年遅れて昭和24年でした。
一般の傘屋さんが扱ってないようなものを発明しないと挽回できないと思ったのです。

9代目は帰国後 もともと住み込みで働いていた傘屋に戻りました。
江戸時代に幕府御用を許され、大名行列の雨具一式を納入していた老舗でしたが、終戦から4年 同業者に先を越されて材料が手に入らず倒産寸前でした。

しかし、諦めない9代目須藤は当時 8代目だった社長の娘と結婚して跡を継ぎました。
9代目が目を付けたのはその頃の傘の弱点でした。

綿でできた当時の傘は雨に濡れると漏れて色も落ち、服が汚れました。
絶対に水が漏れない傘を作れないかと考えたのです。

闇市で進駐軍が使っていたビニールのテーブルクロスに目をつけました。
ビニールに穴を開けて傘の上からかぶせる、傘を濡らさないための傘カバーというのを開発したのです。

1951年に傘を守る傘カバーが完成して瞬く間に売れました。
新聞に取り上げられ、見事店を盛り返したのです。

化学繊維ナイロンの登場で傘カバーが売れなくなった

しかし、化学繊維ナイロンが開発されて水に濡れない傘が生まれました。
その結果 傘カバーが売れなくなってしまいました。

そこで9代目は傘カバーではなくビニール傘そのものを作ればいいと考えました。
さらにビニールをくっつけるために高周波ウェルダー加工をするための機械を作りました。

高周波ウェルダー加工は高周波で分子を震わせて熱を生み、熱でビニール同士が溶けてくっつく仕組みです。
改良を重ねること5年、1958年にビニール傘が完成しました。

ところが、ビニール傘は邪道扱いされて傘として認められず傘売り場に出してもらえずお客様の目に止まることもありませんでした。
そこで 9代目は傘屋ではなく服を売る洋品店に1軒1軒に置いてもらえるよう頼んで回りました。

ビニール傘がニューヨークで売れて日本でも売れた

1964年に東京オリンピックが開催されました。

オリンピックを見に来ていた外人の傘メーカー社長が銀座の洋品店でビニール傘を見て「ニューヨークでビニール傘を売りたい」と9代目に連絡がきました。
寒い日にすっぽりかぶっても前が見えて安全であると、ニューヨークで「バードゲージ」と呼ばれて大変売れました。

数年後に「銀座で透明でおしゃれな傘が売られている」とテレビや雑誌で取り上げられて瞬く間に広まりました。
候補者の顔が見えるからと選挙活動でも使われました。

ビニール傘は今や日本中 そして世界中の人々を雨から守っています。

あとがき

傘カバー、知りませんでした。
その後にビニール傘を開発したのですね。

画期的な傘なのに邪道と認められずに店先に置いてもらえなかったそうで、日本の悪いところが強く出ていると思いました。

日本人が素晴らしいものを開発したのに国内で受け入れられない。
外人がいち早くその良さに気づいて海外で流行になり、日本人がそのブームにのっかかって「私も」「俺も」と手に取るんですよね。

外人の真似ばかりせずに自分の価値観で使うものを選びたいものです。

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